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「だから私は参戦する」佐藤光留(プロレスラー) vol.1

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2021.09.27

「だから私は参戦する」佐藤光留(プロレスラー) vol.1

 10月6日の後楽園ホール(東京・水道橋)で第2回を迎える伝統武道ラウェイと新格闘技アンビータブルのコラボ大会。参戦ファイターが大勢の人から聞かれるのは、一体なぜ、これほど過酷な舞台に足を踏み入れようとしたのか――。第1回大会から今大会へ出場がシフトしたプロレスラー・佐藤光留選手に聞いていきます。

――佐藤選手は昨年がキャリア20周年でした。総合格闘技(MMA)戦の経験は51試合ですか?
佐藤 記録されなかった試合も結構あるので、それを含めると60戦は超えています。

―プロレスのキャリアも20周年でしょうか?
佐藤 それが難しいんですよ。僕はプロレス団体だと思ってパンクラスを選んだんです。僕個人がそう解釈したというより、そういう時代でした。

――では、パンクラスに入ったきっかけは?
佐藤 高校時代、ミノワマンさんが僕の地元のインディー団体に来たことです。そこでUWFの動きを見て、これはカッコイイと思いました。それからミノワマンさんが、パンクラスの入団するって聞いて、俺もパンクラスに入るしかない!って思いました。そのあとプロレスはプロレス、総合格闘技は総合、今でいうMMAに分類されれましたから、“純プロレス”って言われると…2008年からですかね。

――格闘技を志す前は陸上選手だったそうですね。
佐藤 中学時代が陸上部で、高校時代がレスリング部。レスリングでは全国大会で表彰台に上がる成績でした。キッズから始めて上に行く人がほとんどだった中で奮闘したので、プロレス好きが高じてレスリング部に入ったタイプでは希望の星だったはずです。

――打撃メインの試合ではシュートボクシングで公式試合を経験しています。
佐藤 2015年のヘビー級トーナメントですね。当時、鈴木みのるさんとシュートボクシングのシーザージム渋谷付近に店を出したんです。それでこのジムに練習で通うことにしたんですけど、入会日に“実は今、プロレスラーでシュートボクシングのヘビー級トーナメントに出てくれる人を探してるんですけど、誰かいないですかね”って相談されたので、“じゃあ僕、出ますよ”って。ジム入会とシュートボクシング・デビューが同時に決まりました」

――決めたらとことん早いですね。
佐藤 まあ、アンビータブル参戦もそのイズムの1つですね。あとから“やべえ、大丈夫かな”って感じたら“正解を選んだんだ”と思うことにしています。だから“ヤバい”と思った瞬間に“やります”っていつも言っちゃうんです(笑)。

―身体を壊したりしませんか?
佐藤 壊れますけど、試合はやります。昔は鼻から骨が見えるようなケガをしたんですけど、翌日にDEEP興行に出ましたから。大晦日に試合した時も、骨折したんですけど、勝った以上、今がTシャツを売るチャンスだと思って、翌々日の全日本プロレスの興行に出ました。

――その意図は何でしょうか?
佐藤 1つのアンチエージングですかも知れないですね。40を過ぎると、みんな冒険しなくなるじゃないですか。それがなんかもったいないと思います。

――その“ヤバい”と感じたアンビータブルへの参戦を、今、どう思っていますか?
佐藤 面白いドラマだと思っていますよ。最初は前回、鈴木槙吾選手と戦う予定でした。彼とは17年前にパンクラスのプロ・アマ混合のキャッチレスリング・トーナメント1回戦で試合をしているんです。そこで僕が優勝したのを鈴木選手も覚えていて、こんなところでまた戦う話が出た。紆余曲折して、対戦相手が大成選手となりましたが、ドラマチックでワクワクしています。

――大成選手は佐藤選手がデビュー戦の頃、まだ母親のお腹で眠っていた選手です。
佐藤 僕は2000年2月にデビューで大成選手が翌月に産まれたんですよね。それで初めて、ああ自分も40歳を超えたんだなと思いました。普段、年齢を気にしないんです。プロレスでも年下の選手まで“オッサンの力を見せる!”とか言うんですけど、若くても練習してないヤツは弱いし、年齢を重ねるごとにパフォーマンスが熟していく選手は安定的に強いですから。MMAではパンクラスイズム横浜へ練習に行くんですけど、そこの北岡悟は同い年です。彼は現在進行形でMMA最前線に身を置いてます。だからあまり年齢を考えたことなかったですが、大成選手の経歴を見て、あ、俺41歳なんだなと(笑)。でも気後れはまったくしていません。→ Vol.2へ

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